時間外労働の上限規制適用猶予業種・業務に係る
働き方改革の取組
賃金体系や業務を見直し、
年650時間台に残業を縮減
福岡県久留米市久留米運送株式会社
福岡県久留米市に本社を置く久留米運送株式会社は、関東以西から九州間の配送エリアに15の流通センターと支店や店舗など69の営業拠点をもち、小口、小ロット貨物の「特別積合わせ輸送」を主体に事業を展開する。2トン、4トン、10トン車両を中心とするトラックの保有台数は1727台。正社員としてドライバー1440名が従事する。
最少人員で最大効果を上げる働き方からの脱却
そのドライバーの2022年度における月平均時間外労働は54.3時間。年間では652時間で、働き方改革関連法により2024年4月からトラックドライバーの時間外労働の上限が年960時間に制限されるなか、同社は上限の約7割に抑えた働き方を実践する。長時間労働削減を軸にした働き方改革は、創業した父の事業を継いだ二又茂明代表取締役CEOが社長に就任した2010年4月から始まった。
「優秀な大学生が深夜まで灯る中央官庁のビルを見て国家公務員を避けるようになったとニュースで報じられる時代に、長時間労働が常態化した私たちの業種にはますます若者が来ないだろうという危機感がありました」と、二又CEOは取り組むきっかけをそう振り返る。将来を担う人材の獲得と、利益優先に走らず、働く社員の幸せを考え、長時間労働を前提とした「最少の人員で最大の効果を上げる働き方」からの脱却を決意して、時間外労働ありきの賃金体系の見直しや労働時間の管理、業務改善に着手した。
物量を減らさずに1人当たりの労働時間を削減するにはドライバーの数を増やして対応するしかない。各支店や店舗にドライバーの増員を要請するとともに、増員コストを補うために顧客との運賃交渉を始めた。だが、2010年はリーマン・ショックの2年後で経済が落ち込んでいた時期。「こんなときに運賃の値上げをしたらお客さんがいなくなります」と支店長から反発を受けた。そこで、交渉材料として二又CEOが目を付けたのが、経済産業省が公表する原油価格の推移データだったという。
ドライバー増員のために始めた運賃の値上げで、予想外の「気付き」を得る
1980年代に1バレル30ドル程度だった原油価格は、2010年には100ドル近くになっていた。そのデータを営業社員に渡し、顧客に取引開始時点からのガソリン価格の高騰を説明し、理解を得ようとしたが、3%の値上げも受け入れてもらえなかった。交渉した顧客の約2割が大手の運送会社に移ってしまったが、しばらくするとまた戻ってきたという。
顧客が戻ってきた理由について二又CEOはこう話す。「ドライバーの配送サービスの質の高さを認めてもらえたからだと思います。ドライバーの数を増やせば、時間に余裕が生まれ、配送の質を高められます。運賃を上げても、ブランド力のある全国ネットの運送会社に負けない力があると、現場が気付いて活気づくきっかけになりました」
2010年に658名だったドライバーは、二又CEOが社長を退任した2018年には1125名に。求人媒体を積極的に活用したほか、自社の求人サイトも開設。応募者を紹介した社員に謝金を支給する社員紹介制度やトラックの運転免許取得費用の補助制度を設け、採用強化に努めて増員を図ってきた。そしてこの間に、1キロ当たりの運賃も約20%引き上げた。
手当を新設し、残業が減っても前年同額相当の給料を保障
ドライバーを増員するなかで2014年から始めたのが「個人別勤務計画表」の作成だ。ドライバーの時間外労働を月60時間以内とすることを目標に、労働組合や本人の理解も得ながら、店舗ごとに毎月、所属長らが主導して「定時上がり」「最終時間まで」などと所属ドライバーの勤務シフトを作成することとした。作成したシフトは本社に提出し、勤務シフトが目標に沿ったものになっているかどうかを本社でも確認。月60時間以内の残業に収まらないドライバーがいた場合は店舗に状況を確認し、指導してきた。この目標を達成するために、集荷の時間が夜遅くなりがちな顧客には、夕方までの対応を営業社員がお願いに回って残業の削減に努めた。その結果、顧客の理解も進み、2022年度における月平均時間外労働は54.3時間と、現在は目標を大きく上回る成果を出せている。
賃金体系も見直した。走行距離や取扱数量などで加算される業績給や稼働給といった「変動給」と「固定給」の割合を従来の6対4から逆転させ、固定給比率を全体の6割まで段階的に引き上げた。さらに2019年には「生産性向上手当」の支給を開始する。効率良く働くことで残業が削減できた社員には、前年同月との時間外手当の差額分を生産性向上手当として支給し、前年と同額相当とすることで給与総額が減ることによる離職を防いだ。
業務改善による労働時間短縮にも取り組んだ。その中心は、山形県と富山県の運送会社2社との業務提携による「共同配送」と「共同幹線輸送」だ。こうした業務提携は、先方から話をいただいたことで実現した。
共同配送は2014年から実施している。搬入するトラックで混雑する物流センターの近くにある1社の営業所に、他の2社の荷物を持ち込み、1台にまとめて運ぶなどの仕組みを導入。トラックが列をなす物流センターへの搬入を1社が担うことで、他の2社の荷待ち時間をカットすることができた。二又CEOは「今では多くの運送業者の間で共同配送は行われていますが、私たちはその先駆けだったと思います」と話す。
続く2015年からは共同幹線輸送も実施。業務提携した山形県、富山県の運送会社と福岡県の同社が同時刻にトラックを出発させ、中継拠点である当社の大阪の拠点などでドライバー同士がトラックを乗り替わって折り返し運行する「シェイクハンド輸送」で、長距離ドライバーの長時間労働の削減に努めた。
働き方改革初年の2010年度比で残業時間を2割カット
こうした取り組みを重ねた結果、二又CEOが社長に就任した2010年度には月平均68.7時間だったドライバーの時間外労働は、19年度は59.1時間、20年度58.7時間、21年度56時間、22年度54.3時間と減少を続けており、今日までに約2割のカットに成功した。
また、ドライバーの増員によって、土日の配送業務についたドライバーが、平日に振替休日や代休が取れなかった状態も解消し、週休2日制も実現できた。さらに、新型コロナウイルスの感染禍にも奏功する。1店舗で複数のドライバーが感染して出社できなかった際も、「替わりに入るドライバーがいたので、配送できずにお客様にご迷惑をかけることがありませんでした」(二又CEO)という。緊急時にも滞ることのない仕事ぶりが信頼を高めた。
久留米支店の熊丸泉(きよし)さんは、同市内を担当する集配ドライバーとして勤務する。約15年勤めた回転すし屋をコロナ不況で辞め、友人の紹介を受けて2020年10月に入社した。40歳になってのドライバーへの転職。「体力的にきついイメージがあったので不安でしたが、実際はそれほどでもなく、集荷と配達といった仕事内容も毎日きちんと決められているので働きやすいです」と話す。前職と比べて大きく変わったのは休日が増えたこと。年末年始は1週間、お盆は4、5日の連休が取れるため、「小学生の息子とテーマパークに行ったり、実家に帰省したり、家族と過ごす時間が増えました」。
熊丸さんの2022年度の総時間外労働は約760時間。所属する班では2023年度内に完全週休2日を目指しており、最近の時間外労働は月平均50時間程度という。物価が上昇するなか、残業や休日出勤の削減で給与総額が減ることについて熊丸さんは、「深夜まで働いていた前職に比べれば、今の働き方で現状の給料には満足しています」。休日には掃除、洗濯、布団のシーツの取り換えなど、これまですべて妻任せだった家事を、「今はバリバリやっています」と明るく話す。
手厚い人員体制がドライバー間の連携を生む
福岡インター支店で集配ドライバーとして働く井上さんは、2022年2月の入社前も4社の運送会社で計11年、トラックでの配送業務に従事していた女性ドライバー。その経験から久留米運送の特長として挙げたのは、社員間の連携の良さだ。
重い荷物など私の体力で無理そうなものは配車担当者が配慮して外してくれますし、『これは無理です』と私も言います。遠慮せずにそう言えるのは、上司をはじめ他のドライバーとの関係が良く、何でも相談しやすい雰囲気だからです。また、ドライバーの人数が多く、替わりの人がカバーしてくれます。その点が以前の会社との違いです」。働きやすさについてそう語る。さらに、「賞与がしっかりと出るところも違います」。同社は年2回の賞与に加え、熱中症対策として夏場と3月の年度末に、特別賞与を現金支給している。
現在、井上さんの月平均の時間外労働は約40時間。2022年度は30時間台だったが、今年は少し残業を増やした。「子どもが小学4年生になったので、学童保育に行く回数を減らして、家で私の帰りを待ってくれるようになりました。学童に預けると19時までに迎えに行かないといけなったので、残業ができなかったんです。子どもに『もう少し長く働いてもいい?』と聞いて了解をもらいました」。子育てとのバランスを取りながら仕事量を調整している。
同社の長時間労働の削減は人材獲得も目的の一つだったが、二又CEOは「満足できるまでの採用数にはまだ至っていません」と話す。一方で、顕著な成果は離職率の低下で、取り組みを始めた2010年当時と比べると、離職者は10分1程度にとどまっているという。
2024年4月から適用される運送業の時間外労働の上限規制。労働時間削減を進めるにあたって最も気を配ったのは、「ドライバーたちのモチベーションをいかに上げるか」だったと二又CEOは話す。そのために営業社員が顧客に対して粘り強く運賃の値上げ交渉をし、時間外労働を減らしても給料が下がらない賃金体系に変え、他社との連携による業務効率化を図ってきた。そして同社は、さらなるワーク・ライフ・バランスへの取り組みを始めている。労働組合と協議し、2023年10月から、親の介護や育児、65歳以上のシニア雇用社員などを対象に、本人が希望した場合、週休3日または4日で働くことを可能とする「短時間勤務・短日勤務制度」を導入した。運送業界で一歩先を行く働き方への挑戦を続けている。
働き方改革のポイント
取組1
ドライバーの増員を図るため運賃の値上げを顧客と交渉
1人当たりの労働時間を減らすにはドライバーを増やすしかないと判断。
増員コストを補うため、営業社員総出で顧客を回り、運賃の値上げに理解を求め、雇用を確保した。
取組2
残業ありきの賃金体系を見直す
稼働に伴う変動給比率を全体の6割から4割程度に抑え、固定給比率を段階的に引き上げた。
効率的に働く社員に「生産性向上手当」を支給。給与総額の維持に努めた。
取組3
同業者との連携で配送業務の効率化を図る
業務提携した3社の荷物を1台に集約して物流センターに届ける「共同配送」や、長距離配送に採り入れた「共同幹線輸送」で、
ドライバーの荷待ち時間の解消と長時間労働を削減。
企業データ
会社名 | 久留米運送株式会社 |
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代表取締役CEO | 二又茂明 |
本社 | 福岡県久留米市 |
従業員数 | 2691名(正社員2158名、非正規533名=2023年8月末現在) |
設立 | 1951年 |
資本金 | 10億円 |
事業内容 | 小口、小ロット貨物を積み合わせた輸送サービスを主体に、関東以西から九州一円で配送業務を展開。九州から各地区に向けたドラックの運行便数は1日約850便に上る。 |