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時間外労働の上限規制適用猶予業種・業務に係る
働き方改革の取組

「スイッチ運行」の導入で
労働時間を削減

福岡県北九州市マルセグループ

福岡県北九州市 マルセグループ

福岡県北九州市を拠点に、食品運送や冷凍輸送を手がけるマルセグループは、2024年に創業55年を迎える運送会社だ。約70台の冷凍機付き10トントラックで、主に鮮魚や青果、冷凍食品などを福岡県内から関西、中部、関東へ輸送する幹線輸送と、約15台の冷凍機付き4トントラックで鮮魚や冷凍食品を北九州市から福岡市内の小売店へ配送する地場輸送を行っている。プログラマーだった3代目の勢島賢輔社長は、就任以来、社内の「働き方改革」を進めてきた。

長時間運転改善のため社内外での取組に着手

「物流危機が指摘されている、いわゆる『2024年問題』が大きなトピックとなる前から、物流業界としても改革の必要性が課題となっていました。グループとしても従来の長時間運転実態を改善する必要があると感じ、2020年頃から労働時間削減に向けた取組を本格化させました」と勢島社長は語る。

当時は、ドライバーの長時間運転が常態化していた。それは、一人のドライバーが福岡県内の複数の場所で荷を積んで、関東など遠方へ運び、その先でも複数の場所で荷降ろししていたからだった。「昔は10カ所で積んで回って、着いたら10カ所ぐらいに降ろして回るようことが当たり前でした」と明かす。

この実態を改善するための施策については、「大きく分けると二つあって、一つは社内的な取組でどうにかなるものと、もう一つは社外と交渉してどうにかするものがありました」と語る。

「幹線輸送」と「地場輸送」を担うトラック 「幹線輸送」と「地場輸送」を担うトラック
「幹線輸送」と「地場輸送」の切り分けで労働時間を削減

まず社内的な政策として取り組んだのが、「スイッチ運行」と呼ばれる運行方式の導入だ。「スイッチ運行」は、輸送に際して長距離・長時間にわたる運行が必要な場面で、途中の中継地を利用して他のドライバーと業務を交代する輸送形態で、中継輸送とも呼ばれ、ドライバーの厳しい労働環境を改善するための対策として、国土交通省も推奨している。

同社では、「本来スイッチ運行は、例えば福岡-東京間なら関西に営業所を置いて、そこで乗り換えさせて、福岡から関西に行った人は翌日にはもう帰ってこられるという運行ですが、人員とのバランスなどが難しい。うちの場合は北九州で乗り換えて、そこから専属のドライバーが福岡市内まで行って荷降ろしをするという仕組みを取り入れました」という。

北九州から福岡まで、一般道で約1時間以上かかるため、往復で2~3時間になり、プラス荷役作業もある。北九州ー東京間の「幹線輸送」と北九州ー福岡間の「地場輸送」を切り分けることで、合計5時間程度の労働時間削減につながる。

ドライバーの意識改革と人員確保が課題に

ただこのスイッチ運行実現には課題もあった。一つはドライバーの意識と意欲の問題だ。それまで、長距離ドライバーは1人1車制で、担当の車両が決まっており、ドライバーは自分のトラックが自分のものという意識で、他のドライバーが乗ることを嫌がった。それに加えて、積荷に対する責任が最終的に荷を降ろすまでドライバーにあったものが、乗り継ぐことで責任が全うできないことにも抵抗があったという。

さらに地場輸送として、北九州-福岡間の輸送を担当する ドライバーの確保が問題となった。同区間では4~5時間程度の業務しかないため、それではドライバーが集まらない。そこで他の業務 を組み合わせて8時間以上の仕事を確保した。
新たにドライバーの応募を増やすために、SNSでの情報発信など運送業のイメージアップも取り組んだ。その結果、北九州-福岡間のドライバーは、近場で安定した収入が見込まれる仕事として、男女問わず応募が増え、女性ドライバーを採用することもできた 。現場のドライバーの管理を担当する運送事業部の礒部義博部長は「ちょうど新型コロナウイルスの流行が拡大していた頃、飲食や介護職など他業種からの応募もありました。他業種から応募してきた方の中には、休業中に大型免許を取ったという人もいまし た」といい、こうした背景もあって何とか人員を確保できたという。

最後がドライバーの待遇の問題だ。「長距離ドライバーは、3~4日に1回ぐらいしか家に帰らない漁師みたいな部分があって、家にいる時間を大事にするというより、収入を得るために自分の時間と体力をお金に変えて稼げるという仕事だった。そういう意識の人が多いので、労働時間を削減したからと言って、収入が減ることは受け入れられない」という実情だった。
現場のドライバーの管理を担当する礒部部長も「自分も長年ドライバーをやってきて、『働いてなんぼ』みたいな意識もありましたし、周りの雰囲気もそうでした。労働時間の削減については現場のドライバーから不安の声もありましたね」と振り返る。
こうしたドライバーの気持ちを受けて、勢島社長は基本給や手当の見直しなどを行い、ドライバーの実収入(手取り額)がこれまでの水準から下がらないようにした上で、長時間労働の削減を進めることへの理解を求めた。

勢島社長が自らドライバーに説明を尽くしたこともあって、少しずつドライバーの意識 も「働いてなんぼ」というものから抵抗なく休みを取るように変わっていったという。時間外労働の削減が進むに伴って、家族との時間が増えていった。こうした中で、勢島社長の考え方に理解を示すドライバーもだんだんと増えて、今ではスイッチ運行への抵抗感もすっかりなくなったという。
現場での反応を聞くと、ドライバー歴25年というベテランドライバーは、「働き方改革でゆとりのある運行になり、家族といる時間が以前より増えて良かったと思う」と好評だ。また、ドライバー歴3年半という30代の若手ドライバーは「朝出発して夕方には帰宅する事ができるようになって、家族との時間も取りやすく、休みには家族とドライブやお出かけをしているので、家族から必要な時に休みが取りやすくなったと喜ばれています」とうれしそうだ。
礒部部長も「ドライバーは毎週何曜日休みとか決まっていないので、会社の都合で休みを入れていましたが、それでは家のことや子供の行事に合わない。そこで、希望休暇を申請する仕組みを導入すると、それまで出ていなかった3連休や4連休の希望も出てきました 。休日については周りでしっかりカバーしようと職場でも話し合って、仕事もプライベートも充実してもらうように支援しています」と笑顔で話す。

「ドライバーから不安の声もあった」と振り返る運送事業部の礒部義博部長 「ドライバーから不安の声もあった」と振り返る運送事業部の礒部義博部長
「家族といる時間が以前より増えて良かった」と語るドライバー 「家族といる時間が以前より増えて良かった」と語るドライバー
社会的な理解で運賃値上げや附帯業務削減を実現

一方で、労働時間の削減と待遇維持のための実質的な賃上げを両立する ためにはコストがかかる。その解決のため、もう一つの取組である社外との交渉に当たった。ドライバーの労働削減のための運賃の値上げ を荷主へ要望。国の制度改革が周知されていたこともあり、多くの荷主からこれを受け入れられた。
さらに、これまでは従来幹線輸送先の店舗、支店からさらに別の店舗、支店まで輸送を行う「横持ち」という業務が契約なしに 附帯することが慣行となっていたが、それを別の業者に依頼 してもらうなどの附帯業務の削減も要望し、これも受け入れられた。

荷主に要望が受け入れられるようになってきた理由について、勢島社長は「規制緩和が行われてから、トラック運送事業者が増えていった一方で、荷主に対して運送会社は弱い立場になっていったという歴史があって、30年近く、附帯作業をサービスで行うことは当たり前 、運賃ほとんど変わらないといった状況が続き、要望を口にするのさえ難しい状況でした。」「しかしながら、トラック運送業で働き方改革を進めるためにはこうした取引慣行を変えていくことが必要であるとして、国が「ホワイト物流推進運動」や、「標準的運賃」などの取組を進めてきたことや、いわゆる「2024年問題」についてメディアが大きく取り上げたこともあって、荷主の方々にも、何も対策しなければ輸送量能力が足りなくなるという危機感を持っていただけたことが大きいと思います。社会的な意識が変わってきていると思います」と説明する。

多様な人材が活躍できる職場環境の整備

就任以来、社内で働き方改革 を進めてきた勢島社長は業界の未来を見据えている。「メーカーの荷主もいますが、そちらから逆に『値上げしなくていいのか』というお声がけをいただくこともあります。運送会社がいないと、事業継続ができないということを実感するようになりました」と分析する。

そうした需要に応えるためには、やはりドライバーの確保が前提となる。「業務改革を進めることで利益率を改善し、それをドライバーに還元する。その仕組みとして、歩合制など従来のままの給与制度を今の運行スタイルに合った制度に変えつつ、彼らの賃金を上昇させていく。それが第一だと思います」と力を込める。

さらにドライバーが働きやすい職場環境の整備を進めたいという。「職場環境といったら通常は自社の建物とか社内の雰囲気とかになる思いますが、ドライバーという仕事の性質上常に外にいるので、自社の環境はあまり関係がない。そこで、働きやすい職場イコールどんな仕事を受注しているかになる」と語る。

例として高齢者や女性のドライバーが活躍できる業務を挙げる。「1ケース10キロや20キロあるものを1000ケースぐらいバラでトラックに積むとなると若い人じゃないとできない。でも宅配会社の場合、カゴ台車と呼ばれる運搬用の台車を10~15分程度で積めば荷積みが完了する。それなら運転さえしっかりできれば、体力的に問題ない。また、冷凍食品でもパレットに積まれているので、それをポンポン板で乗せるだけで誰でもできる。コンビニの配送では近場を回るので、毎日朝出勤して夕方帰ってくるので、子どもがいる女性ドライバーでもできる」と説明する。

「仕事と人とクルマのバランス」が大事
「仕事と人とクルマのバランスが大事」と語る勢島社長 「仕事と人とクルマのバランスが大事」と語る勢島社長

最後に運送会社にとって重要なのは、「仕事と人とクルマのバランス」だという。「仮に人と車がいて仕事が全然なくては、儲からないし、仕事たくさんあっても車も人もいなけれれば売り上げが上がらない。このバランスが整ってる状態ならば利益が上がる。現在、過剰に存在してるのは仕事。半導体不足で車の供給も遅れていますが、一番難しいのは人だと思う。つまり運送会社が事業継続していくのに一番大事なのは人をいかに獲得して定着させるか」と言い切る。

勢島社長は会社のDXを進めながら、ドライバーの様子を動画で発信したり、若い人向けにSNS運用を始めたり、と人材確保へ会社のイメージアップに力を入れている。「偶然ですが、プログラマーだった経験が生きたという感じですね」と笑顔を見せた。

働き方改革のポイント

取組1

「スイッチ運行」の導入

北九州ー東京間の「幹線輸送」と北九州ー福岡間の「地場輸送」を切り分けることで、合計5時間程度の労働時間削減を達成。

取組2

ドライバーの 意識改革と給与体系の見直しによる実収入額の維持(実質的な賃上げ)

「働いてなんぼ」というドライバーの意識を変えるため、労働時間を削減しても待遇は維持しながら、改革の必要性をきちんと説明した。

取組3

労働時間削減のコストを運賃に添加するための荷主との交渉

ドライバー確保のために運賃の値上げと、従来長距離輸送に附帯していた業務の削減を要望した。

取組4

多様な人材が働ける環境の整備

力仕事ではない業務を増やすことで高齢者や女性など多様なドライバーが働ける環境を整備した。

企業データ

会社名 株式会社丸勢運輸
所在地 福岡県北九州市小倉北区赤坂海岸5番3号
従業員数 ドライバー 64名
事務職員 12名(内パート3名) 
2024年11月30日現在
設立日 昭和44年12月5日
資本金 1,500万円
事業内容 一般貨物自動車運送事業
福岡県北九州市を拠点に地場輸送(食品運送や冷凍運送)や関東、中部、関西へ幹線輸送
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